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のふるさと伝承まつり
目  的 : 『冠のふるさと伝承まつり』の諸活動をとおして、学校・家庭・地域の連携を図り、児童・生徒に郷土が現在まで培ってきた伝統文化にふれさせ、人々の生活を豊かにしてきたことに気づかせる。
さらに、地域の一員としての自覚をもたせ、伝統文化を継承していく一助とさせる。

会  場 : 根白石市民センター・多目的ホール

主  催 : 『冠のふるさと伝承まつり』 実行委員会
 
共  催 : 根白石中学校地域ぐるみ児童生徒健全育成推進協議会,
根白石小学校,福岡小学校,実沢小学校,根白石中学校,
根白石市民センター,
福岡鹿踊・剣舞保存会,アセ踊り保存会,大正踊り保存会
 
後  援 : 根白石愛林公益会,根白石民俗ミニ七夕まつり実行委員会
 

実施内容 :
開 会  
 ・しの笛演奏 - 根白石中学校 -
 ・アセ踊り - 根白石小学校 -
 ・福岡の鹿踊・剣舞 - 福岡小学校 -
 ・大正踊り - 実沢小学校 -
 ・その他
閉 会  

「冠のふるさと伝承祭り」実行委員会
*地域ぐるみ児童生徒健全育成協議会関係

役職名 担     当
委 員 長 地域ぐるみ会長(根白石中PTA会長)
副委員長 根白石市民センター館長
地域ぐるみ副会長(実沢小PTA会長)
            (根白石小PTA会長)
            (福岡小PTA会長)
参   与 地域ぐるみ参与(根白石小校長)
          (実沢小校長)
          (福岡小校長)
          (根白石中校長)
事   務 地域ぐるみ事務長(根白石中教頭)
伝承まつり担当(根白石中教諭)
委   員 地域ぐるみ総務部長、地域ぐるみ研修部長、地域ぐるみ広報部長
地域ぐるみ校外指導部長、地域ぐるみ単P事務長(各小学校教頭)
 

 
 しの笛
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 -根白石中学校-

 笛とは、古来から一般吹奏楽の総称で、たて笛、よこ笛の区別がありますが、普通笛といえばよこ笛をさします。
 古代からの天の磐(いわぶえ)のように丸形の土又は、石製の旭笛ふうのものもあります。「笛」という漢字は、紀元前後から中国でひろく用いられ、それ以前は「?」と書かれていました。
 日本でも中国でも普通は竹製で、木製、玉製、金属製のものもあります。古来より笛の名手といわれる人が多く、特に能笛(能管)には多くの流派もあり、一会流、森田流、春日流、湖流等があります。古い文敵には「毛利元就の臣、宍戸伯耆守、笛に妙を得たりて医師某に伝う、大正の頃大森庄兵衛より彼の医を習い妙を得て世に鳴る。これを森田流の始祖なり」などと書かれてあります。笛にも名誉があり、古い目録に大水竜、小水竜、海人、青葉、蝉折などが名器とされています。
 日本の笛を分類すると次のようになります。
 (1) 雅楽の笛 (神楽笛)
 (2) 管弦舞楽の笛 (竜笛)
 (3)  能楽の笛 (能管)
 (4) 大衆芸能の笛 (篠笛)
 根白石中学校の選択音楽では、大衆芸能の笛として親しまれている「しの笛」を使っています。この「しの笛」は、七孔六孔のものが多く、長短、太いもの、細いものなどがありますが、中学校では主に六孔の「しの笛」を使っています。

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 アセ踊り
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 -根白石小学校-
 アセ踊りができたのは、今から約百年も前のことです。
 そのころ、私達の祖先は、朝早くから夜遅くまで、毎日毎日一生懸命働き続けて暮らしていたのです。
 そのような暮らしの中でも、「一生に一度はお伊勢参りを」と、誰もが望んでいました。祖先の人達の楽しみは、月に一度の「お伊勢講」といって、地区毎に集まっておしゃべりをしたり、ごちそうを食べたりすることでした。当時は、生活も豊かではなかったのですが、お伊勢参りの話題が多かったそうです。
 そこで、みんなで月々いくらかのお金を出し合い、地区から2、3人ずつ交代でお参りをしたそうです。交通の便も全く無いに等しい時代です。念願のお伊勢参りに、わらじをはいての旅人姿で何日も何日も歩いて出かけたものでした。お伊勢参りによりありがたいおふだをいただき、お家に持ち帰り、そのおふだを各自がいただき、各家庭におそなえをして家運繁盛と信仰を厚くしたとも伝えられています。
 そんな旅の途中で、旅籠(宿屋)に泊まった時、どこの人ともしらない旅人から教わった踊りがあったのです。その踊りを根白石に持ち帰り、根白石の地名や名所を入れた新しい歌を作り、踊り継がれてきたのが「アセ踊り」です。
 この踊りは、二人で向かい合って踊るので、もともとは「合わせ踊り」と言われたのですが、それが「アセ踊り」と言われるようになってきたのです。

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 福岡の鹿踊・剣舞
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 -福岡小学校-

 鹿踊・剣舞は360年程前から踊り継がれてきた長い伝統があります。
 江戸時代、参勤交代の時に仙台市八幡町の住人、藤九郎という人が江戸で踊って大変すばらしかったということで、伊達家より九曜の紋が付いた踊りの幕一式をいただき、今でも鴇田家に大切に保存されています。
 この鹿踊と剣舞が一対で演じられて、豊作で、災害のない平和な世の中であるように、神社等で祭りの時に奉納されたものです。
 『鹿踊』は、昔、いな虫が田畑を襲い、米が取れなかったとき、鹿があらわれ、いな虫を追い払ってくれたという故事にならって踊られてきました。
 『剣舞』は、昔、平泉の高館が没落した後、亡霊、変化があらわれ、人々を悩ませました。それを退散させるために舞われたものと言われています。
 どちらの踊りも正式に踊ると1時間半もかかる長い踊りです。福岡小学校では、子供でも踊れる部分を、週1回の総合的な学習の時間に練習して、鹿踊・剣舞を受け継いできました。
 福岡小学校で伝承活動が始まり、今年で27年目になります。6年生は4月から11月まで、保存会の方々のご指導のもと、練習に励みます。そして、8月に学校で開催される夏祭りで、練習の成果を初お披露目します。その後、学芸会、泉和荘・水泉荘等の老人ホーム訪問、その他、泉夏祭りへの出演、さらにかむりのふるさと伝承まつりで演舞を披露します。11月に6年生は引退し、5年生へバトンタッチします。今度は6年生が師匠として、5年生の弟子にマンツーマンで技を伝授することになります。その指導は熱心で、休み時間、放課後など時間を見つけて指導にあたります。
 今後ともこのすばらしい伝承活動を継続して、守っていきたいと考えています。

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 大正踊り
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 -実沢小学校-
 「大正花笠踊り」は、大正時代盛んに催された踊りです。実沢立田の佐藤由松さんが、実沢の人達に教えたものです。
 この踊りは、山形の花笠踊りや相馬盆踊りに似たものですが、田植え踊りにもにていたようで、佐藤さんなりの独創的なものであったと言われています。
 平成4年10月22日、「大正踊り保存会」の設立総会が開かれ、復活の運びとなりました。保存会には、渡邊信一さんを会長に、地区の代表者、その他多くの方々が携わりました。
 実沢・小角夏祭り、学芸会、冠のふるさと伝承祭り、祖父母学級などでの発表を目指して練習が始められました。練習には5・6年生、保存会、保護者の方々が体育館に集まり、夜にもかかわらず大変な盛り上がりをみました。
 踊りは、「手踊り」「扇子踊り」「はね踊り」の3種類がありますが、早坂直治さんと高橋伝さんのおふたりに指導していただきました。
 実沢小学校では、約80年の伝統を持つ「大正踊り」をはじめとし、実沢の伝統文化のよさを学校教育に取り入れ、ふるさと実沢を愛する心の教育を目指してきました。
 大正踊りの鳴り物は、6年生の子供たちが受け持ち、毎年6年生から5年生へと受け継がれています。踊りの練習は、朝の活動の時間などに行っています。
 「大正踊り」が確かな地域の伝統として根づいていくよう、入学式や運動会、学芸会、実小まつりなどの発表の場を通して楽しみながら継承しています。
 大正踊りの昔のロマンを受け継ぎ、そして未来のロマンを求めて、今ここにわたしたちの伝統文化が輝いています。
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